『キノの旅』  第五話「嘘つき達の国」


「こちらが、彼の記念館になります」

 という第一声を聴いた瞬間、

「コアな話来たなーーーー!」

 と叫びました。深夜。テレビの前で。同居の親に怒られた28歳の冬。


 というのも、このストーリーは2005年発売の「電撃文庫ビジュアルノベル」という単行本に載っている「旅人の話」というお話でして、文庫本には未収録なのですよ。キノファンのみぞ知るレアな一篇であると断言してもいいでしょう。

 更にこの「ビジュアルノベル」、黒星紅白さんのイラスト集も載っていて、「サンタキノ」や「ブルマキノ」「スク水キノ」など、本編ではまずお目にかかれない幻のキノ絵を拝むことすらできるのです! 『学園キノ』ではちらっと見れますが! もちろんヒダマルも持ってます、DVD付き限定版で!

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キノの旅 -the Beautiful World- 旅人の話 -You- [DVD付き限定版] (電撃文庫ビジュアルノベル)


 いや興奮しすぎた。話を戻します。
「この国を救った英雄の記念館」にして、旅人にとっては何の変哲もない道具の数々を展示している、どこか抜けている施設を見て回るキノとエルメスエルメスが「フツーの家とモノ」と評するのも当然でしょう。

 そんな無駄な展示物の中に、一台のオフロード用モトラドがありました。とても長い前後のサスペンションと、細いタイヤ、やたらと高いシートなどが目立ちます。
英雄が乗って旅をしていたモトラドだそうですが、彼が死んでからは一言も声を発しないそうです。

 ちなみに、キノシリーズの中で、モトラドは「エルメス」と「ソウ」、そしてこの「英雄のモトラド」のみです。今までに三台しか登場していない訳ですから、モトラドというのはけっこう希少なんでしょうか。その割には、エルメスが喋っても誰も驚かないという。絶妙な世界観です、キノの旅


 閑話休題
 モトラドであるエルメスとなら何か話すかもしれないと、案内係に籍を外してもらうことに。しばし無音の時間が流れ、

「ひょっとして、モトラド語は僕には聞こえない?」

 などと本気かどうか分かり辛い発言をこぼすキノでしたが、やがて、ほんの小さな声で、モトラドが喋り始めます。

「いいね――」
「いいね――きみは――毎日、走るんだね――」
「ここは――地獄だよ」

 モトラド曰く。
 モトラドは、走るために生まれた。モトラドは、走るために存在する。飾られるためじゃない。こんな場所で永遠に飾られているだけなんて、地獄である。
 現状に絶望している様子のモトラドに、キノは黙り、エルメスはいつもより少しだけ神妙な面持ちで言葉を返します。

 そして、「英雄のモトラド」は、キノにこう提言するのです。

「ねえ、人間さん。――ここから連れ出して。――そして乗って。――走って」
「せめてあなたの手で――ボロボロになるまで叩き壊して」

 それを実行すると、ボクはこの国の人に憎まれ、次にボクがボロボロになるまで叩かれるから、とキノが断ると、「そうか――そうか――」とだけ呟いて、それから喋るのをやめてしまいました。


 同じ国で、キノは、少年から切実な問いを投げかけられます。
「どうすれば旅人になれるのか?」と。

 ……いずれ語られると思いますが、キノが旅を始めたきっかけはかなりマトモじゃないので、少年、聞く相手を間違ってます。
 けれど、それなりに真摯に答えるキノは、

「記念館に飾られているモトラドに話を聞けば、答えをくれるかもしれない」

 とだけ言い残し、颯爽と去って行くのでした。


 何かをするための方法は一つじゃない。自分に出来ることを模索することの大切さを、少年へ贈ったキノでした。

 


 そして、本題の「嘘つき達の国」。7巻収録の第6話ですね。ボリューム的にも登場キャラ的にも、アニメにしやすい一話だと言えるでしょう。
 この回の尺調整に「旅人の話」をチョイスしてくれたスタッフさん、グッジョブです。


 とある国の城門をくぐったキノとエルメス。森の中から急いで駆けてきた男に、声をかけられます。

男「旅人さん、どこかで、僕の恋人に会わなかったかい? 言づてとかはないかい?」

 切羽詰まった風な問いに、キノが首を横に振って否定すると、

男「そっか……。僕の恋人は、5年前にどうしても仕方がない理由でこの国からいきなり旅に出たんだ。でも、必ず僕のところへ帰ってくるから待っていてほしいって言い残したから、僕はいつまでも待っているんだよ」

 彼は訊ねてもいない長台詞をすらすらと喋りました。

 どうも不審な臭いのする男性ですね。悪い人ではなさそうですが。
 ちな、男の声は安定の石田彰さん。今期の『少女終末旅行』にも出演していましたね。どんなアニメにも馴染む石田さんスゴイ。ヒダマルは「猪八戒」「アスラン・ザラ」辺りから入ったファンです。

 

 男への対応を計りかねるキノでしたが、あ、男の後ろから今度は女性が小走りでやってきました。男を敬語で気遣いながら上着をかける女性。
 男曰く、この人は彼の家政婦さんだそうです。彼女がよく働いてくれるから、ずっと恋人を待っていられるのだとか。うん、やっぱちょっと病んだ臭いがしますね……。

男「まだかな? まだ彼女は帰ってきてくれないのかな?」
女「いつかきっと帰ってらっしゃいますよ。さあ」

 男を慰め(あしらい?)ながら、帰宅を促す家政婦さんでした。

 

 


 次の日。
 大きな食堂で昼食をとるキノに、旅人さんは珍しいからと、国の住人が声をかけてきました。みんな明るくて気さくです。
 しかし、「城門近くの森に住んでいる男性」のことを訊ねると、雰囲気は一変します。誰もが俯いて、口元を下げ、悲痛な面持ちで沈黙するばかり。
 やがて、

「彼のことは、俺から話そう」

 と、彼の友人であるという一人の男が代表して説明してくれる運びとなりました。


 友人が語ったのは、この国の負の歴史でした。

 この国には5年前まで、横暴な国王がいたこと。
 そして、革命が起こったこと。

 男は腕前や人徳の高さから、革命軍の実行リーダーの立場にあり、友人はその下に付いていた。
 男には、仲の良い恋人がいた。農家の娘で、その仲睦まじい様子から、二人は絶対に結婚するのだと思われていた。

 しかし、革命の決行が近づいていた。
 死ぬかもしれないし、何をするかも言えない。男は、一方的に、恋人に別れを告げた。男は、友人には「嘘を言ってきた」と伝えた。


 そして、革命の日
 男と友人は護衛を倒しながら、宮殿に突入した。逃げようとしていた王家一家を見つけた男は、彼らの乗った車両に肉薄し、爆弾を投げ込んで吹き飛ばすことに成功した。革命は成功した。

 そして、男は、見た。

 ぐちゃぐちゃになった国王一家の死体の、ドレスを着た若い女性の顔を。

 彼の、最愛の恋人だった女性の死に顔を。


 女性は王家の生まれであり、たまにお忍びで町に遊びに来ていた。そこで男と知り合い、恋仲になっていたのだった。


 憎むべき王女と愛し合っていたこと、最愛の人をこの手で殺してしまったこと、それら現実に堪えられなくなった男は、狂ったように叫んだ。
 そして、現実を無視して、すっかり頭がおかしくなってしまった。

 病院で、「彼女はどこへ行ったの?」としきりに尋ねるばかりの男を見かねた医者は、彼に嘘をついた。「あなたの恋人は旅に出てしまいましたが、必ず帰ってくるから待っているように言っていましたよ」と。

 革命の英雄になっていたはずの男は、「じゃあ彼女を待つから」と言って、城門近くの森の中に住み始めたのだった……


 革命後の新政府は、彼の生活を保護した。身の回りの世話をする人を雇ったが、男の不憫な境遇を見かねて、皆すぐに辞めてしまった。
 今の家政婦は、キノと同じように外からやってきた人であり、事情をよく知らないために続けていけるのだという。

 話の最後に、友人の後ろに立っていた中年の女性が、静かに告げる。

「だから私達は、英雄であるあの人に嘘をついて、これからもつき続けるんだよ。あの人は、帰ってこない恋人を死ぬまで待つのさ」

 

 

 更に次の日。
 出国するために城門を目指して走っていたキノは途中、ぬかるみに足を取られた馬車を助けます。御者はあの家政婦さんで、お礼にと男の家に招かれました。

 3人でお茶を飲んでいたところ、「城壁の方でエンジン音が聞こえた気がする」と家政婦さん。男は「彼女が戻ってきたのかもしれない」と気色ばんで飛んでいきました。
 エルメスの「いいの? エンジン音なんて、全然聞こえなかったけど」という問いに、家政婦さんは満足した、安らかな表情で答えます。


「これでいいんです」

「私の父も母も、2人の兄弟も、隣の国へ無事に逃げてのんびりと幸せに暮らしています。そして私は、愛するあの人のそばで生きていくことができます」


 ……そう、彼女は、家政婦さんは、元この国の王女だったのです。

 スパイとして男に接触していた彼女は、いつしか彼と恋に落ちていた。しかし、理由を言わずに別れを告げられたことから革命が近いことを悟り、身代わりを残して国を逃げたのだった。

 逃げ延びた王女だったが、恋人を殺してしまったと勘違いした男が精神を病んでしまったこと、助けを必要としていることを人づてに知る。考え抜いた末、こうして家政婦として国に潜り込み、男と一緒にいることを選択したのだった。

 男と出会った頃から嘘をつき続けている家政婦さんは、これからも嘘を重ねながら、愛する人のそばで生きていく。

 

 

 2人と別れ、城壁の外へ出たキノとエルメス
 しかし背後から、あの男が引き留める声が聞こえます。兵士を振り切ってキノの前へ立ち、「君達には、最後にもう一つだけ知っておいてもらいたい」と語る男の顔つきは、いつもと雰囲気が違います。
 男がキノへ語ったのは、

「これでいいんだ」

「私は、幸せだ。私はもう、何も壊したくはない」

「王家のスパイだった友人の生き方も、何も知らない優しい人達の思いも、革命の成功と新しい国のシステムも。そして私を利用しただけではなかった愛する人との生活も」

「――今は何も壊すことはない。これでいいんだ」

 

 みんながみんな嘘つきで、けれど誰もが優しくて、悪人は一人もいない。
 そんな秋の話でした。


 次回は「雲の中で」。
 この話が、こんな血生臭くて救いようがなくて死にたくなること必死な話が、まさかアニメになるとは……。や、いちおう救いは用意されてるんですが……。

 まあ、OPに彼女が出ていたので、いつか来るだろうと身構えていましたが。