『スロウスタート』 第四話「2階のプレミア大会」


 夕食時。

 花名が志温さんの家にお邪魔すると、玄関に段ボール箱が置いてありました。どうやらお届け物です。宛名は……「万年大会」様。

 まんねん、たいかい?

 


 志温さん曰く、2階の住人に今朝届いた荷物を預かっていたそうです。「急いで行かないと」と慌てる志温さんですが、彼女は今、揚げ物の最中。離れる訳にも、火を止める訳にもいきません。どうしましょう。

 

花名「じゃあ、私が行ってこようか?

 名乗りを上げる花名ちゃん。
 ちょっと意外そうな志温さんに「大丈夫!」と頼もしく答えて、てけてけと玄関へ取って返しました。

 

志温(あんなに人見知りだったのに……。成長したのね、花名ちゃん)

 

 高校生になってからの彼女の成長ぶりに、思わず微笑む志温さんです。ジョギングも頑張りましたもんね。
 しかし、

花名「志温ちゃんっ! チャイム鳴らしてから何て言って渡したらいいのか教えてっ!? なるべく細かく、詳しくっ!!」

 涙目で懇願してきました。

 うんうん。困った時は、大人に頼りなさい。

 

 

 

 

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〈公式サイトより引用〉Ⓒ篤見惟唯子・芳文社/スロウスタート製作委員会

 

 扉の前に立つ花名。
 意を決して、チャイムを押しました。ぴんぽーん。

『……………………はい』

 なんか暗めな声で、返事が来ました。花名ちゃん、メモっていた挨拶を読み上げます。
 緊張気味に待っていたら、きぃぃ、と。ちょこっとだけ開いた扉から、長い黒髪の女性が、やけに不審気な上目遣いを向けてきました。
 なんか、ヤな予感。

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  〈公式サイトより引用〉Ⓒ篤見惟唯子・芳文社/スロウスタート製作委員会

 

「…………だれ?」
「か、管理人の者ですっ!」
「ちがう」
「えっ」
「ここの管理人はもっとドーンとした人だ」

 ドーン。
 志温さんのたわわの事ですね。笑うせぇるすまん以外のキャラに使われる日が来ようとは……。

 

「あ、あの。でも私、管理人のっ」

 

「謀ろうとしてもお見通しだぞ貴様ぁーーーー!」

 

 志温さぁーーーーんッ!?
 この展開はメモってませんよーーーーッ!?

 

 

 

 

 改めまして。
 志温さんの部屋で、紹介を受けるご両名。黒髪の女性は、「万年」と書いて「はんねん」と呼ぶそうですね。こりゃ読めん。

 ところで彼女、さっきと違ってなんか大人しいというか。人見知りというか。借りてきた猫を又貸ししたみたいに遠慮がちな姿勢です。あと、上下グレーのスウェット姿ですよ。
 から揚げをご馳走になるも、なんか流れに逆らえず、みたいな空気。
 なんか……、残念臭が漂って来たな…………


志温「万年さんは、去年高校を卒業して、受験のためにこちらに一人暮らしされていてね。それで今は……」
万年「うっ」

志温「今年も受験生、でいいのよね?」
万年「ああ。全部落ちたからな、今年もな……ッ!」


 なるほど、浪人さんですか。花名ちゃんと同じですね。

 

 


 から揚げを挟んで、先ほどの無礼をお詫びし合う花名と万年さん。志温さんは「これで仲直りね」と嬉しそうですが、

万年「いや、仲直りするほどの仲でも……

 それはそうだけどっ。そこは言いっこなしじゃんっ。


 ともかく、同じアパートに住む者同士です、仲良くしておくに越したことはありません。
 志温さんの音頭で握手することになりますが、

万年「じゃ、じゃあ、一応な……」
花名「はい……」

 2人とも、緊張に震えてます。
 すっごい震えています。

 そして、両者の震えが、食卓の上で融合し――

志温(震えが2乗にっ……!)

 がたがたがたがた。
 食卓が電動歯ブラシみたいになりましたとさ。

 

 

 

 

「あ、あのね……。実は私……」

 花名の部屋、仲良しな3人の前で。

「浪人、してるの……」

 花名ちゃん、ついに秘密を告白しました。ぎゅっと目をつむり、友人たちの反応を待ちます。同い年だと思っていた友達が1歳だけ年上だったと知って、どんな言葉が返ってくるのでしょう。
 敬語とかじゃありませんように――


「「「だからかー!」」」


 はい?

栄依子「浪人だから、こんなに傘張りが上手なのねー
冠「草履編みも上手
たまて「さすがー! 浪人経験のある人は違いますねっ!

 えええ?
 傘とか草履とかどっから出てきた? 花名ちゃん、いつの間に着物?

栄依子「浪人って素敵ね~」
冠「びば、浪人っ」
花名「み、みんな……っ。 浪人は、無駄じゃなかったんだね……」

 

 ぴぴぴぴっ。
 ぴぴぴぴっ。
 はっ。

花名(ものすごく都合の良い夢を見てしまった…………)

 ですよねー。

 

 


 6月には、球技大会が待ってるそうです。たまちゃんとかは楽しそうですが、花名は大丈夫でしょうか。無脊椎動物みたいな動きが治っていると良いのですが。

 そして、何かに気付く花名。
 球技大会……?

花名はんねん……、大会……?

 そう、名前の謎はまだ残っています。

 

 

 万年さんの部屋を訪ねる花名。
 どうも、また宅配便を預かっていたみたい。
 慌てて出てきた万年さん、今日も上下スウェットです。グレーです。作画スタッフさんの手抜きでないとしたら、ちょっとヤバいファッションセンスですね。


花名「あの、万年さんは何か、イベントとか開催されてるんですか?
万年「イベント?

 万年宅にて、荷物の宛名を指さす花名。
 そこには、確かに「万年大会」と印字されています。ええ、されていますとも。神々の壮大な娯楽を意味する四字熟語みたいな名前です。

 しかしこの場合、「大会」と書いて「ひろえ」と読むんだとか。
 まあ読めませんよね。西尾維新小説の登場人物でもなければ、そもそも人の名前だと思う方が少数派でしょう。その辺心得ている万年さんも、怒ったりはしません。

 

 お客さんである花名に、お茶を出そうと頑張り始めた万年さん。戸棚を探しますが、どうも茶葉が見当たりません。

万年「すまん、ちょっと待ってろ。今ネットで注文するから!」
花名「ええっ!? そ、そんなお構いなく……」

万年「大丈夫だ。私はプレミア会員だからな……! 今頼めば今日の夕方には……!
花名(た、助けて志温ちゃ~ん……!)

 鬼気迫る勢いでスマホ画面を操る万年お姉さんでしたが、突然くず折れました。

万年「即日お届け対象外だ……っ」

 あちゃー。
 案の定、残念属性なキャラでしたね。

 


「飲み物ならコンビニで買ってきましょうか?」という花名の提案に、「コンビニッ!?」っとまぁオーバーに反応する万年さん。

花名「い、行きますか? コンビニ……」
万年「無理だー。そんなのー……」

 何故か頭を抱えて怯える万年さん。色々と面倒臭いなこの人。花名ちゃんが理由を聞くと、


「コンビニに行く服がない……」

 

花「こ、コンビニですよ……?」
「コンビニでもだっ!」

 どんな沙汰だ。
 ゴミ捨て場より遠くに行くための服を持っていないらしいですが、今年受験した時の服ならあるはずです。現役学生でなければスーツだったかもしれませんが、スーツでコンビニに入ったとしても、別におかしなことではありません。

 しかし。

万「……ない」
花「え?」


万年「受験、してないんだ……」

 

 

 

 

 

 生徒会長。
 品行方正。
 成績優秀。
 志望校、合格間違いなし。

 高校時代の万年さんは、そんな完璧生徒でした。
 しかし。
 受験当日は、まさかの大雪。自宅前で足を滑らせて雪の中で気絶、そのまま2時間発見されず、救出された後は酷い風邪を引いて、

万年「本命の大学はもちろん、滑り止めすら受験できず……

 そして。
 事情を知らない、慕われていた後輩から「(私も大学に)合格出来たら、また先輩後輩になれますねっ!!」との一言を受けて。

 彼女の心は、折れました。

 

 

 地元にいるのが気まずくなって。
 引っ越しして、一人暮らしを始めて。ここから、再出発するはずでした。でも、

「また先輩後輩になれますねっ!!」

 あの言葉が、あの視線が、あの感覚が忘れられず。だんだん、部屋から出るのも億劫になって。
 そして、今年の受験も……

 

 

 


 自嘲気味に語り終えた万年大会さん。
 ひとつ笑って。「くだらないだろ、こんなの」と、乾いた笑顔を、高校生のお客さんへ向けました。「バカみたいだよな」、とも。

 たぶん、軽蔑される。
 たぶん、変な目でみてる。
 たぶん、もう関わらないようにしようとか思われてる。

 大きくなると、色んな事が、分かってしまいます。想像できてしまいます。だから始めから、予防線を張るのです。
 くだらないだろ。
 バカみたいだよな。
 そんなこと分かってるよ、と。


 けれど、目の前の女の子は。

 

「くだらなくなんかないですっ!!」

 

 泣いていました。
 泣いてくれて、いました。

「くだらなくなんてないし……、バカみたいでもないです……っ!!」

 ぎゅっとつむった瞼から、ぽろぽろ涙をこぼしながら、彼女の言葉を、自分を卑下する言葉を、否定してくれます。

 まるで、自分のことのように。

 

 

 


万年「中学浪人か……。苦労したんだな、一ノ瀬さん」

 お互いの境遇を知り、なんだか他人とは思えないご両名。お互いに「相手の状況の方が大変で、苦労して、頑張ってる」みたいな謎の譲り合いになりますが、

花名「でも、もう高校生ですし、友達も出来ましたし、私の方が万年さんよりずっとマシですっ!!」

 花名ちゃん、追い込んでますからそれ。


 まぁ現実問題として、コンビニにすら向かえないのでは、受験を始めとした社会復帰もままなりません。
 けれど、年下ながら同じ境遇を味わった花名ちゃんが味方に付いてくれました。応援してくれています。
 なんだか、今なら出来そうな気がしますっ。

「まずはコンビニに行けるようになりましょうっ!」
「ああ、そうだなっ。目指せコンビニっ!!」

 一歩の幅は、人それぞれです。

 


 問題は、服です。
 花名の服は可愛いでしょうが、サイズが合いそうにありません。志温さんとは身長同じくらいですが、

 ドーン。

 ですからね。余りますよね。


 お得意のネットで注文しようにも、何を買えばいいのかサッパリです。サイズとかも確実には分かりませんし。

 その時、花名の携帯に、百地のたまちゃんから連絡が入りました。要件は宿題についてでしたが、いっちょ相談に乗ってもらいましょう。
 状況を聞いたたまちゃん、服とか詳しそうな栄依子に話を回しました。すると栄依子からは、

たまからメール来たんだけど。『花名ちゃんのお知り合いの二十歳女性を弄んで、好き放題して良いそうですよゲヘヘ』って何これ……?

 情報が脳内変換されてますね。

 

 


 ともあれ、お馴染みの3人に来てもらいました。

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 〈公式サイトより引用〉Ⓒ篤見惟唯子・芳文社/スロウスタート製作委員会

 

 栄依子さんは相変わらずで、万年お姉さんを一瞬で調教しています。グイグイです。あー万年さん怯えちゃって。
 たまちゃんと冠ちゃんは……、ちょっといつもと服が違いますね。たまちゃんの落ち着いた色味の和服は部屋着なのだとか。意外。
 かむちゃんは、なんか洋風なお人形っぽいですね。白を基調としたこれも部屋着だそうですが、家の人羨まし過ぎるでしょう。ツインテールですよ。控え目に言って天使です。あ、いつもの冠羽がない。


栄依子「軽く着替えるだけのパターンか、メイクも髪もガッツリいじってみるパターンか、どちらになさいます?
花名「えーっとぉ……」

 部屋の隅、栄依子に怯えて縮こまっている万年さんを見やる花名。しばし考えた後、

花名「ガッツリの方で!!」

 好奇心が思いやりを凌駕しました。
 万年さん、グッドラック。

 

 

 

 何かを堪能した表情で、花名に感謝する栄依子さん。二十歳女子を弄んで好き放題してます。結果的に正しい情報でした。

 さてはて、栄依子による改良を受けた万年大会さんですが……


「「「だれですか?」」」


 栄依子さんの技術、ハンパありませんね。別人です。本人すら驚いてます。


栄「それで、おめかししてどこ行くの? 同窓会とか?

 無邪気に問う栄依子お姉さまですが、や、まぁ確かにそうですよね。二十歳女性がこんだけ気合入れたい日なんて、同窓会かデートくらいなもんですよね。
 でも、違うんです。目的地、コンビニなんです。だから、考えてみればこんなお洒落しなくても良かったんです。すべては好奇心の所為だっ。

 


 コンビニ仕様に整えてもらった万年さん。

たまて「良きっ! 良きですよ万年お姉さまっ!」
冠「よきかな」

 大分普通になりましたね。それでもスウェットとは比べ物になりませんが。というか、この方もけっこうたわわ……

 

 外出できるレベルになった所で、これから服を買いに行こうと提言する栄依子ですが、万年さんは「私は今日コンビニに行ければそれで……」と躊躇います。
 それはそうです、ずっと一人で引きこもっていたんですから。こんな大人数に囲まれて、なんかグイグイ来る年下なお姉さま(?)にガッツリコースで弄ばれたのですから、もうとっくにキャパオーバーでしょう。

 でも。
 そんな彼女に、冠ちゃんが問いかけました。


「ほんとにそれで良いの?」

「ほんとに、コンビニ行けるだけで良いの?」


 そう、事は今日だけの問題じゃないのです。
 目の前の問題から逃げようとしていたことに気付いた万年さん、「まさかこんな小さな子に諭されるなんてな……」と呟きますが、あの、この子、栄依子の同級生ですからね? かむちゃん、怒ってますからね?

 

 

 服屋さんで、たんまり買い物した万年さん御一行。グイグイ来るショップ店員さんにHPを削られつつ、彼女は頑張りました。それ以上にグイグイ来る栄依子さんとのコミュニケーションも、超頑張りました。

 

 

 


ありがとう、一ノ瀬さん

 3人と別れて、同じアパートへの帰り道。

「このくらい強引に連れ出してもらわなければ、外に出ることもなかっただろう……。感謝してる。本当に」


 お互いの立場に、親近感を抱く2人。
 花名にとっては「浪人であることを初めて打ち明けられた相手」ですし、万年さんにとっては「自分の立場を分かってくれた上に、引きこもり脱却のきっかけをくれた恩人」です。

 夕暮れの街角で。
 お互いに、名前で呼ぶことを約束する花名ちゃんと大会さんでした。

 

 

 

 

 

 ある日の朝。

 アパートの前を箒で掃いていた志温さんの元に、一人の住人が現れました。階段を降りてきて、互いに挨拶を交わします。志温さんから、「お出かけですか?」と問われた、その女性は。

 満開の笑顔で、こう答えるのです。

 

「ちょっと、コンビニまで!」

 

 

 

 

 


 EDでシャクトリムシしてる新キャラが登場しました。あと登場してくるのは、クラスメイトだけでしょうか。OPに何人かピックアップされてますからね。

 今回は荒療治でしたけど、引きこもりから抜け出すのって、並大抵の決意ではありません。引きこもりやニートから完全に社会へ復帰するのは、それが始まってからの時間と同じ時間がかかると言われています。

 アドラー心理学においては「人間は存在しているだけで貢献している」という立場なので、引きこもり・ニートが必ずしも悪いとは、個人的には思わないんですが。本人がそこから変化したいと願うのであれば、それくらいの努力が必要なのです。
 人間にとって、習慣というのは強い力です。良くも悪くも。

 

 それと、今回のハイライトはやっぱり、花名ちゃんの涙と共感。

 傷付いたり、傷付けたり。
 間違ったり、つまずいたり。
 なんとかしがみ付いたり、取り返しがつかなかったり。

 けれど、それらを経験したからこそ。心に刻みついたものだからこそ、本当に理解できるんです。心から共感できるんです。
 別の誰かの、力になれるんです。