「土俵は女人禁制」という伝統に対して考えること。【真面目な話】


 みなさま、こんにちは。
 言ったそばから一日二回更新を実行するヒダマルです。

 


 ヒダマルは、大相撲が好きです。

「飛騨丸の大相撲日記。」というサブブログを持ってるくらいには、好きです。まぁ相撲ネタをこうしてアニメ日記の方に書いてますから、多分近いうち閉鎖しちゃうと思いますが……。

 面白い記事だけこっちに持ってこようかな。

 

 

 そこで今回は、話題の問題について意見をば。

 土俵上で人が倒れて、救命措置のために土俵に上がった女性に対して、「女性は降りてください」というアナウンスが流れた、という話ですね。

 

 

アナウンスは間違っていたか。

 間違ってたんでしょう。

 ここに異論のある方はなかなか居ないと想像します。まぁヒダマルはちょっと例外的な立場ですが。

 


 個人的には、あれ、言って良かったと思うんです。

 


 だってですよ? ちょっと想像してくださいよ? 早とちりせずに聞いてくださいよ?

 

 女性が土俵に上がったものの、事態の重さを鑑みた若手行司さんが「いや、ここは伝統よりも人命だ」と判断して、黙していたとしますよ?

 その後、何が起こりますか?


 偉い人から「どうして女人禁制であることをアナウンスしなかったんだ馬鹿者」ってめっちゃ怒られること必至じゃないですか?


 そして、若手行司さんは反省して(かどうかは分かりませんが)、「この次からは、人命に変えてでも伝統を守ろう」と考えるかも知れないじゃないですか?


 決して事態の発生を喜ぶ訳ではありませんが、もしもそうなるくらいだったら、この時点で問題になった方がマシだったと思うためです。

 

 

 


 それに、問題のアナウンスをしたのは「若手行司」という事でしたよね? 行司さんの言う「若手」がどの程度の年齢なのかは知りませんが、まぁ20代前半~半ば程度ではないでしょうか。

 一般的に相撲界に入る方の年齢は低い上に、巡業のアナウンスを任される程度の立場である「若手」だとすると、妥当な線だと想像します。


 あのね……、

 

 

 若いヤツが、とんでもなく恥ずかしい失敗すんのは当たり前。

 

 

「もう生きて行けない」「この仕事は続けられない」としか考えられないくらいの失敗を経験するのは、当たり前。

 むしろ、それが健全。


 ヒダマルだってギリ20代の若造ですけどね、そのくらいの事は理解しているつもりです。まして、人命に関わる事態。咄嗟にマニュアル通りの行動を選択してしまったのも、無理からぬことだと感じます。


「だから大目に見ろ」というのは違うかもしれませんが、当の行司さんを叩き過ぎるのもどうかと思うのです。個人ではなくて、相撲協会全体の空気(伝統)が作り出した事象だと捉えたい。

 

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伝統とは何か。

 空気です。

 少なくとも、相撲協会における伝統とは空気の事であると、ヒダマルはそう考えます。


「今までこうだったんだから、これからもこうであるべきだ」という考え方、平たく言うと思考停止状態です。


「何が正しいか、何が悪いか」はその時代の都合で変更され得るものなので、ある程度遊びがあるのは当然なのですが、そんな中「長く続いてるから」という理由だけで制定されている制度、それが「伝統」です。

 

 


 いちおう、フォローしておくと……。

 全ての文化・伝統をないがしろにして良いという主張ではありません。
 ただ、その時代に生きる人間の価値観・利益にそぐわない形で、むしろ損害を与える形で、しかもこれといって論理的な理由がない状態で、「伝統だから我慢してね?」という主張は認められないと考えるためです。

 

 


 そもそも、伝統を守るための論拠「昔から続いてる」という言い分は、「いつ、どの時代を以て「昔」と呼ぶか」でグラグラと揺れる頼りないものです。

 糖質制限への反論に「人類は古代からコメとムギを食べて来たんだ。肉食推奨なんて不自然だ」というものがありますが、これも同様です。

 

 古代っていつの事を言ってるの?

 人類がホモ・サピエンスになってから400万年くらい経つよ?

 で、そのうちの399万年間は肉食の狩猟生活だったよ?


 え、なに? 伝統がなんだって?

 


 って話です。

 人類の利益のためなら、伝統も善悪も左右される。これがヒダマルの考え方です。

 

 

 

 

 翻って、「土俵は女人禁制」という制度は、このパターンにピッタリと当てはまります。

「伝統だから」「決まりだから」「昔からそうだったから」という理由だけでは、もはや時代の要求に対応できません。
「差別はいけません」という倫理と同等の反論を用意できない以上、この伝統は破棄される段階に来ていると思います。

 そもそも、28年前に当時の森山真弓官房長官を土俵に上げておけば、今回だって「女性が土俵に上がっても問題ありません。28年間の伝統がありますから」と言えたはずです。良くも悪くも、これが空気の力です。

 

 

 

差別主義者は誰か。

 もうひとつ、気になる点が。

 ニュースやユーチューブの感想、テレビのコメンテーター、いろんな方が言ってます。

 


「周りの男たちがあたふたして何も出来ない中で、あの女性は立派だった」

 

 

 これ、差別してるのは誰でしょう?

 

 

「こういうイザという時に役に立たない。だから男は頼りにならない」

「翻って、女性は立派だ」


 こういった感想を何も考えずに口に出せるということ自体が、男女差別がなくなっていない一因ではありませんか?

 

 


 あたふたしますよ。
 目の前で、突然、人が倒れたんですから。
 何が起こったのかと思いますよ。男も女もビックリしますよ。当然の反応だと思います。


 そんな中、女性たちが救命措置に動けたのは、もちろん素晴らしいことです。尊敬される行為です。医療従事者であったという話も聞き及びますが、それにしたって、尊い。

 

 


 そして、心臓マッサージの心得がある方なら、まして医療に携わる方なら、周囲の素人が手伝えることなどほぼ無いと想像します。むしろ邪魔です。

 

 というか、手伝えることがあったとすれば、とっくに指示を出しています。救命措置に入る前に「119番へ連絡」「AEDの手配」を近場の人に依頼するのは常識です。
(ヒダマルは保育士時代に幾度か救命救急研修を受けました)

 

 すなわち、既に救命行為が行われている状況で、その周囲にいる方々に「なにも出来ずにおろおろするばかりで情けない」と非難するのは、現実に即しているとは言い難い。

 まずは勉強しましょう。

 想像しましょう。

 話はそれからです。

 

 

 

まとめ。

 え~と、うん。

 分かります、分かりますよぉ~?

 みなさん、こう言いたいんですよね?

 

 

 

 え、今回どこで笑えばいいの?

 

 

 

 あのね、ヒダマルだってねぇ、たまには普通に真面目なこと言いたいんですぅ。社会に一石を投じたいな~なんて考えることもあるんですぅっ。

 


 大相撲のファンとして、気兼ねなく応援できる環境になって欲しいと願うばかりです。

 稀勢の里さん、今はじっくり休む時だと思いますぜ。ファンはいつまでも待ってますから。どうか、ふんばってください。


 以上、いつもより84,300割増しで真面目なヒダマルでした。あー疲れた。